抑肝散は古くから使用されている漢方処方であり、実臨床での有用性を支持する多くの基礎データや実証的観察研究が揃っています。現場でもよく見かける漢方ですが、何となく落ち着かせるイメージを漠然ともっているのではないでしょうか。そこで、論文ベースどんな働き方をするのかまとめてみました。
1) 基本情報と用途
[添付文書:効能又は効果]
虚弱な体質で神経がたかぶるものの次の諸症:
神経症、不眠症、小児夜なき、小児疳症
- 臨床での主たる使用:
- 不安・神経症状
- 高齢者の 認知症に伴う行動・心理症状
- 不眠、情緒不安定
などの改善目的で処方されることが多いです。
2) 薬理作用(論文ベース)
◆ 神経伝達系への作用
- セロトニン(5-HT)系の調節
- YKS の主要成分が 5-HT₁A受容体部分刺激(partial agonist)作用 を示し、不安・情緒症状・鎮静に寄与する可能性が示されています。
- グルタミン酸系への影響
- 動物モデルでは、グルタミン酸の異常放出を抑制する作用が観察されており、神経興奮抑制作用 が示唆されています。
- 各種神経系への複合的効果
- YKS は単独の受容体に限定した作用のみならず、セロトニン・ドーパミン・GABA・アドレナリン系といった多様な神経伝達系に調整的に働くとするレビューがあります。
◆ 細胞・分子レベルの作用
- 神経栄養・可塑性促進
- 細胞実験では、YKS が 神経成長因子(NGF)誘導による神経突起伸長を促進するという報告があり、細胞レベルでの神経可塑性促進が関与している可能性があります。
- グリア細胞制御
- 慢性痛モデルで 脊髄グリア細胞の活性化抑制作用 が確認され、これが鎮痛・中枢感作に影響する可能性が示されています。
3) 薬物動態
- ヒトにおける薬物動態検討
- 抑肝散の主要な活性成分(ジソシアジンメチルエーテル、ヒルスチン、18β-グリチルレチン酸)の血中動態が報告されています。
- 吸収は比較的早く、主成分は数時間でピークに達し、排泄も比較的短時間であることが示されています(tmax, t½はそれぞれ12時間前後と7時間前後)。
4) 臨床的エビデンス
◆ 認知症に伴う行動や心理的な症状
- 認知症に伴う行動や心理的な症状改善の報告
- Alzheimer型やLewy小体型を含む認知症患者において、幻視・易刺激性・攻撃性 などの行動・心理症状が改善したという報告が多数あり、これが抑肝散の代表的な臨床応用です。
- 認知機能そのものへの効果
- 一部のメタレビューでは、認知症に伴う行動や心理的な症状改善は示されるものの、認知機能そのものへの有意な改善が常にみられるとは限らないという指摘もあります。
◆ 鎮痛・疼痛
- 動物モデルでの疼痛軽減
- マウス術後痛モデルで YKS が疼痛閾値を上昇させ、5-HT₁A受容体依存的鎮痛作用 が示された報告があります(臨床ではまだ確立途上)。
5) 安全性と副作用
主な副作用(報告例)
- 偽アルドステロン症(pseudoaldosteronism)
- 主成分に含まれる グリチルリチン由来代謝物 による副作用で、 低カリウム血症や高血圧 のリスクが指摘されます。定期的な血液検査で管理が推奨される場合があります。
- その他
- 一般的に 肝機能異常、消化器症状、皮疹などの報告が低頻度ながら存在するため、処方時は既往歴や併用薬を総合的に評価します。
- 著しく胃腸の虚弱な患者に投与すると食欲不振、胃部不快感、悪心、下痢等があらわれるおそれがある
6) 実臨床で薬剤師が知っておくべきポイント
〇 作用機序は単一ではなく多面的
→ 多いのは セロトニン調整、グルタミン酸制御、神経可塑性促進 など複合作用。
〇 臨床的適応は主に 認知症に伴う行動や心理的な症状 や情緒不安定
→ 認知症関連の行動症状への使用が多いが、標準治療としては対症療法の位置づけ。
〇 副作用管理が必要
→ 特に 偽アルドステロン症による低カリウム血症 などはモニタリングが必要。
参考になる論文・レビュー(学術的)
鎮痛作用機序に関する動物モデル研究。
Okinawa University ほかによる 神経成長因子促進作用 の基礎研究。
Kochi Medical University の ヒト薬物動態試験。
BPSD 改善に関する 臨床レビュー。



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